ムジナモに関する生半可な知識

ムジナモについての生半可な知識です。何しろ生半可な知識ですので、もしかしたら間違っている事もあるかもしれません。もし間違いがあった場合は随時訂正させていただきます。

*間違いを見つけた方はご一報いただけると幸いです。

●太古からの生き残り?
 Aldrovanda属の歴史は古く、チェコ南部の白亜紀後期の地層から種子の化石が見つかったPalaeoaldrovanda splendensと名付けられた植物が祖先であると考えられています。これは最も古い食虫植物の祖先の一つでもあります。第三紀の始新世の地層からはAldrovanda intermedia、A.ovataと名付けられたAldrovanda属の種子の化石が見つかっています。
 この頃のAldrovanda属の植物がどのような姿かたちをしていたのかはわかりません。しかし発見された周囲の植物相の化石から、湿地帯の沼地に生息していたようです。この時すでに捕虫葉を持っていたのかは定かではありませんが、もしかしたら現在のような精巧なわな式の捕虫葉を持っていたかもと考えると楽しくなります。
 この始新世の地層で見つかったA.intermediaとA.ovataは、系統樹的には別系統であると考えられ、A.intermediaの系統では中新世の地層からはA.praevesiculosa、A.eleanorae、鮮新世の地層からはA.megalopolitanaの種子の化石が見つかっています。この系統は現在のムジナモ、すなわちA.vesiculosaに繋がっていると考えられています。
 またA.ovataの系統では漸新世からA.sobalevii、中新世からはA.nanaの種子の化石が見つかっていますが、この系統は更新世の氷河期頃で途絶えてしまったと考えられます。
また花粉の化石も始新世のA.unicaやkuprianovaeのほかに、中新世や鮮新世からも見つかっています。
 現在のムジナモ(A.vesiculosa)が出現したのは更新世後期、最期の氷河期であるヴュルム氷河期の頃で、今から約1万年ほど前の事であると見られています。ムジナモは氷河期の生き残りでもあるのです。

●遺伝的多様性
 生物は遺伝的な多様性を持つことによって、さまざまな環境の変化に対応し、その種を生き延びさせて来ました。今現在日本で栽培されているムジナモのほとんどが、元をただせば宝蔵寺沼のムジナモであるといわれています。つまり1個体群の子孫です。さらにムジナモは分株による増殖が一般的です。  つまり遺伝的には、ほとんどの個体がほぼ同じような遺伝情報を持っているということです。これはつまり、ちょっとした環境の変化で、すべての個体が枯れてしまう事がありうるということです。ムジナモ栽培が難しいのはこの辺にも原因があるのかもしれません。

●捕虫の速度は0.01秒!
 ムジナモは食虫植物であり、その葉によって水中の微小生物を捕らえて消化吸収します。同じモウセンゴケ科のハエトリグサとは遺伝的にも非常に近縁であり、その捕虫形態もとてもよく似ています。
 ムジナモの捕虫形態はいわゆる“わな式”と呼ばれているも
ので、捕虫葉は2枚貝状でハマグリを半開させたような形をしています。捕虫葉の内側には、片側に約20本、両側では約40本の感覚毛が生えていて、この感覚毛にミジンコなどの小動物が触れると、1/100〜1/50(0.01〜0.02)秒というすばやい速さで葉を閉じ合わせて小動物を捕らえます。この開閉運動は葉の内側と外側の表皮の細胞の膨圧の差によって引き起こされます。つまり内側より外側の細胞の膨圧が高くなるために葉が閉じ合わさるのです。閉じ合わさった葉は、その後30〜60分かけて、捕らえた獲物を消化腺と密着させるためにさらに葉を密着させる狭窄運動を行います。葉の内側に多数存在している消化腺からは消化酵素エステラーゼ、酸性フォスファターゼ、プロテアーゼを分泌して獲物を消化し、吸収毛から養分を吸収します。
 この捕虫運動の仕組みは基本的にハエトリグサと同様です。しかし、ハエトリグサの開閉運動が0.2〜0.5秒であるのに比べ、ムジナモのそれは0.01〜0.02秒ですので、いかにその運動がすばやいものであるかお分かりいただけると思います。この速さは、植物の運動の中でも1,2を争うほどのものです。
ムジナモの捕虫葉

●呼び方いろいろ
 ムジナモは英語では“Waterwheel Plant”つまり「水車のような植物」と呼ばれています。これはムジナモの葉が、茎を中心に放射状に輪生している事から、それを水車に見立てたものです。また、かのダーウィンは捕虫葉の形から“the miniature aquatic Dionaea”つまり「水中の小さなハエトリグサ」と言っています。和名の「ムジナモ」は牧野富太郎博士の命名で、草体全体の姿を貉の尻尾に見立てたものです。
 これに対して学名の方を見てみると、属名の“Aldrovanda”はイタリアの植物学者Ulisse Aldrovandiに敬意を表してつけられたもの。種小名の“vesiculosa”は「小さな袋を持った」と言う意味です。英名、和名がその姿を的確に現しているのに比べて、学名の方はあまり面白みがありませんね。

●切手になったムジナモ
 ムジナモの切手があるのをご存知ですか?
各都道府県の名勝、特産物などを題材にした「ふるさと切手」シリーズの1つで、1997(平成9)年8月に発行された埼玉県の「宝蔵寺沼ムジナモ自生地」切手がそれです。
 切手には自生地である宝蔵寺沼をバックに、白い花を咲かせたムジナモが描かれています。
 日本では食虫植物を描いた切手は珍しく、このムジナモの切手のほかには1978(昭和53)年6月発行の「自然保護」シリーズで、「コウシンソウ」の切手があるだけです。
ムジナモ切手
 さてこちらは1966年にルーマニアで発行された水草の切手全8種の内の1枚。このムジナモの切手にも花が描かれていますが、日本のムジナモ切手の花がきちんと開いているのに対し、こちらは閉鎖花なのか閉じたままの花が描かれています。 ムジナモの切手

●天然記念物
 よくムジナモの説明に「天然記念物ムジナモ」という記述を見かけますが、これはある意味間違った記述です。誤解されている方も多いようですが、ムジナモは種指定で天然記念物に指定されているのではありません(つまり全てのムジナモ=天然記念物ではないのです)。
 天然記念物には「種指定」と「生育地指定」の2つがあります。「種指定」は種類そのものが天然記念物として保護され、日本全国どこでも採集などはできません。一方「生育地指定」はその種類が生育する特定の場所がその環境と共に保護されます。埼玉県羽生市の宝蔵寺沼はムジナモ自生地として国指定の天然記念物になっています。つまり宝蔵寺沼のムジナモは後者の「生息地指定」の天然記念物に当たります。希少な植物であるムジナモが生育する地域として宝蔵寺沼が天然記念物に指定されているのです。その意味で「宝蔵寺沼のムジナモ=天然記念物」ではあります。
 もっともムジナモの自生地の多くは過去に天然記念物の指定を受けています。しかしそのほとんどが第2次大戦中の食糧増産のための開拓や水田化によって自生地そのものが消滅したり、農薬や排水などの影響による水質汚濁で絶滅して指定を解除されています。多々良沼のムジナモは1951年頃まで残存していましたが、1964年に文部省が絶滅を確認。この時合わせて宝蔵寺沼のムジナモが健在なことが確認されて、1966年、多々良沼の指定解除と同時に当時埼玉県の天然記念物だった宝蔵寺沼が国の天然記念物の指定を受けたのです。

国指定天然記念物 ムジナモ自生地
場所 天然記念物指定 指定解除
群馬県 多々良沼ムジナモ産地 1920(大正9)年7月 1966(昭和41)年5月
東京都 小岩村ムジナモ産地 1921(大正10)年3月 1933(昭和8)年8月
京都府 巨椋池ムジナモ産地 1925(大正14)年10月 1940(昭和15)年12月
埼玉県 幸松村ムジナモ産地 1926(大正15)年2月 1942(昭和27)年3月
埼玉県 宝蔵寺沼ムジナモ自生地 1966(昭和41)年

●わずか77年
 日本ではじめてムジナモが発見されたのは1890(明治23)年5月11日、牧野富太郎博士によって東京府下小岩村(現江戸川区北小岩)の用水池でのことでした。その後、利根川、信濃川流域などで、相次いで自生地が発見されました。しかし、それらの自生地は水質汚濁や埋め立てなどによって次々と消滅し、1967(昭和42)年、最後の自生地であった宝蔵寺沼から消えたのを最後に野生状態のものは見られなくなりました。発見からわずか77年後のことです。

●レッドデータブック
 レッドデータブックとは絶滅のおそれのある野生生物の種についてそれらの生息状況等を取りまとめたものです。
 日本でも環境省が平成12年4月までに動植物全ての分類群についてレッドリストを作成し、公表しました。また、新しいレッドデータブックは、現在、爬虫類・両生類、哺乳類、植物I、植物II版が刊行されています。また、最近ではこの環境省版とは別に各都道府県でも独自のレッドデータブックが刊行されているようです。
 さて、ムジナモも当然これらレッドデータブックに記載されています。環境省のレッドデータブックではムジナモは“絶滅危惧TA類(CR):ごく近い将来における絶滅の危険性が極めて高い種 とされています。一方実際にムジナモ自生地の宝蔵寺沼がある埼玉県版のレッドデータブックではムジナモは“野生絶滅(EW)”となっています。
 宝蔵寺沼のムジナモは野生種が絶滅した後に人為増殖した物を毎年放流しており、自然状態での繁殖には至っていないのが現状なので、埼玉版の“野生絶滅”がより実情に近いと思います。
*(環境省版がなぜ“野生絶滅”ではなく“絶滅危惧TA”になっているのか、その辺の事情をご存知の方がいらっしゃいましたらご連絡ください)

●ムジナもんとは何ぞや
 みなさんは「ムジナもん」って知ってますか?
 実はこれ、ムジナモの自生地がある埼玉県羽生市のイメージキャラクターなんです。
もののけの「むじな」でもない、天然記念物の「ムジナモ」でもない、謎の生物。見た目は小さく、人間の膝丈くらい。むじなのような外見で、尻尾はムジナモ。頭には羽生の特産品モロヘイヤの葉っぱを乗せている。寝る暇がないほど地ビールに目がない父“ムジナ三五八”、いが饅頭のような髪型の母“ムジナいが”、塩っぽい性格の妹“ムジナあんびん”の4人(匹?)家族で羽生にひっそりと暮らしている、と言う設定。
羽生市の地ビール「こぶし花ビール」のラベルになったり、携帯ストラップなどのキャラクター商品が発売されたりしています。
 皆さんも羽生に行ったときは、この「ムジナもん」を探してみてはいかがですか?

☆ムジナもん画像提供:羽生市役所 秘書広報課
ムジナもん
ムジナもん

●銘菓「むじなも」
 ムジナモ自生地の宝蔵寺沼がある埼玉県羽生市にはムジナモの名を冠したお菓子があります。ロアール洋菓子店が製造販売しているその名もズバリ「むじなも」と言うお菓子です。
 バターケーキの中に洋酒漬けのレーズンが入っており、上には水飴で固めたアーモンドのスライスが乗っています。食べてみましたが、なかなかおいしい物でした。
 この羽生銘菓「むじなも」はロアール洋菓子店のほか、羽生水郷公園の向かいにある農林公園キャッセ羽生でも販売しています。
 数ある食虫植物の中でもその名前のお菓子まであるのはムジナモくらいではないでしょうか。

*ロアール洋菓子店
  埼玉県羽生市中岩瀬682-1
  пF048(561)5006
銘菓むじなも
中身はこんなお菓子です

●文学に登場したムジナモ
 ムジナモを題材とした数少ない文学作品があります。1972年に牧書店から発行された新少年少女教養文庫50 「すきとおる草ムジナモ」(橋本由子 著)です。
 ムジナモの神秘的な美しさに魅せられ、愛し続ける主人公。しかし、やがて太平洋戦争が始まりムジナモは絶滅してしまう。戦後やっとの思いで新たな自生地を見つけ、田畑を売ってまで保護にのりだすが、農薬の影響でムジナモ最後の自生地は・・・。と言うお話です。
 フィクションではありますが、このお話のムジナモ自生地のモデルは多々良沼と宝蔵寺沼であり、ムジナモ絶滅への経緯や、保護や栽培に尽力する姿など、非常に興味深い物があります。
 残念ながら現在は絶版で入手は困難ですが、ぜひ復刊して欲しい作品です。
☆復刊.comで復刊投票をしています。興味のある方は→ 絶版本を投票で復刊!
すきとおる草ムジナモ



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